« 過去を振り返って | メイン | ゲーテ »
2007年10月14日
五番街のマリーへ
高橋真梨子というおばちゃんが歌っている『五番街のマリーへ』という曲があるんですが、僕の中では一、二位を争うくらい好きな曲です。
NHKのSONGSという番組で、ここ2週間連続で彼女を特集していて、久しぶりに思い出しました。
歌詞には、結構、深いストーリーがあって、高橋さんの声はもちろんだけど、特に歌詞が好きです。
マリーという、たぶん、昔付き合っていた人なんだと思いますが、その人が今どうしているのか見てきてほしいと、親友に頼むという話。
ただ、その頼み方に、なんかとても哀愁というか大人を感じる。
マリーという娘と 遠い昔にくらし
悲しい思いをさせた それだけが気がかり
五番街でうわさをきいて もしも嫁に行って
今がとてもしあわせなら 寄らずにほしい
彼の中で、マリーの近況は知りたいけれど、かといって、彼女の今のしあわせを邪魔したくない。
自分の存在を匂わせることにさえためらいを感じるこの気遣い。
なんか、そういう微妙な距離感が、本当にうまく表現されている詞だと思いません?
五番街は近いけれど とても遠いところ
悪いけれどそんな思い察してほしい
「察して欲しい」と頼む相手は、親友。
察する、っていう言葉がピンとくる親友って、思い返しただけでもすごく限られる。
この言葉だけで、『親友と二人でマリーのことについて、心配しあって飲み明かしたこともあるんだろうなあ』なんて想像できちゃうところがすごいね。
ちなみに、『ジョニーへの伝言』というのが、マリーの視点から歌っている曲だと言われています。
いわゆる、『冷静と情熱のあいだ』と同じ構図。
この歌にも、友達へお願いする歌詞が出てきて、
『ジョニーが来たなら 伝えてよ
二時間待ってたと
わりと元気よく 出て行ったよと
お酒のついでに話してよ
友だちなら そこのところ
うまいく伝えて』
なんて言葉があります。
友だちならもろもろの思いとかおかれている環境とかを汲み取って、うまく伝えられる。。。
社会も変わってきたのかもしれないけれど、正直、あまり自信はありません。
難しいですね。
それにしても、短い歌詞なのに、阿久さんはどうしてここまでのドラマを凝縮できたのだろう。
この歌詞を聴くたびに、やはりすごい人だったんだろうなあということを感じます。
時を重ねるっていうことは、こういう歌を実感を持って感じられるようになるという効用もあったんですね。
金曜日はH井主査と品川のかつめしやでばったり会って、インターシティの中の飲み屋で一杯。
土曜日は、後輩がオーディオインターフェースを買うというから秋葉原に行って、その後、同行したnarutoさんと万世にて焼肉。
今、触れ合っている人と、10年後、20年後、どういうつながりをもって生きているのか、そして、その関係にはどういう歌が合うんでしょうね。
投稿者 zackie : 2007年10月14日 19:23
From:yuumiee
From:ざっきー
おぉ。南こうせつきましたか。。。笑
君も、僕に似て、感性が古風だねw
『夢一夜』は、僕も知ってるよ。確か、実家にある、懐メロテープに入っていたはず。
あまり、注意して聞いた記憶はないんだけど、確かに言われてみると、雅な感じというか、祇園な感じというか、そういう雰囲気がする曲なんだね。
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.zackie.biz/blog/mt-tb.cgi/1451

懐メロといわれる部類の唄なら
わたしに任せて。と言い切りたいです笑
昨今のうたはなかなかいい歌詞に出会えません。
ストーリーがない、というか・・・
南こうせつさんの「夢一夜」という唄の
うたいだし。
素肌にかたそで 通しただけで
色とりどりに ぬぎちらかした
床に広がる 絹の海
着てゆく服が まだ決まらない
いらだたしさに 唇噛んで
私ほんのり 涙ぐむ
こうせつさん、あなたは女性ですか??
と思うぐらいに、とってもすてきな女性像。
なんだかね、結局は
にほんじんのすてきな精神性というか
うらはら わびさび おくゆかしさ みたいな像が
にじむのですよ。
うぉぉ語りつくせぬのでこのへんで。笑。