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2004年10月26日

未開の地 ニッポン?

今夜、風呂にぼんやりと入りながら、「ラジオ深夜便」を聞いていたら、「明日の全国のイベント」みたいなコーナーで次のようなアナウンスが耳から入ってきました。

明日、鶴の越冬地で有名な○○が近くにある○○県の△△小学校では、5,6年生が、体育館に集まって、鶴の越冬について学ぶ会が開かれます。午前中、児童の代表が鶴の生態について調べたことを発表し、その後みんなで校庭に出て、鶴の無事な越冬を祈ります。
このアナウンスを聞きながら、最初、「ああ、ローカルでのどか。いいニュースだ」と思ったんですが、引用文の太字部分、後からすごく気になりました。文章全体が正確な引用ではないんですが、最後は確かに、「校庭に出て、鶴の無事な越冬を祈ります」と言っていました。

祈るって??手を合わせて「鶴さん、怪我しないでね」とみんなで言うんでしょうか。

気になった理由は単純で、鶴の無事は「祈れば実現される」わけがないってことです。祈るよりも、むしろ、越冬地周辺のごみ拾いだとか、あるいは、鶴の行動について本で調べるとか、そんなことをしたほうがよっぽどいいんじゃないだろうかと思いました。

生き物を大切にする心を持たせたいっていう先生の気持ちはよくわかるのですが、相手は、「織姫と彦星」ではなく、れっきとした動物であって。「遠足の前にてるてる坊主」っていうのはまだ許せますし、大学生になった後も、2度くらいてるてる君を作った覚えもあります(笑)。気候をコントロールするっていうのは、まだ実現していないので、神頼みの部分が多く、てるてる坊主に願う気持ちも理解できます。ただ、鶴の場合、安全が脅かされるのは、たとえば越冬地に落ちている釣り針だったりごみだったりするわけで、原因とその対処方法が明確にわかっているわけですよね。それなのに、神に頼ろうとするのは何か間違っているような気がします。

タイトルに「未開の地 ニッポン」と書きましたが、"The junior highschool students will pray for the safe travel of cranes tomorrow."なんて英文が新聞記事に載った日には、日本の科学水準が世界から疑われてしまうような気がしてなりません。

このニュースを書いた記者さんの文章力がなかった(祈るという言葉を安易に使いすぎたのか、常套句のように、あまり深い意味を持たせずに使った)のか、あるいは、僕が突っ込みすぎなのか。まあ、「鶴さん、怪我しないでね」って祈っている小学生の姿も、それはそれで、かわいいのかもしれませんが。

投稿者 zackie : 2004年10月26日 02:15

From:papillon

 詳細が分からないのでなんとも言いがたいのですが、おそらく、鶴の生態についてとか鶴が生きている環境についてはこの「学ぶ会」までにおそらくは総合学習として調べ学習などをしているのではないでしょうか。Zさんがおっしゃりたいことは痛いほどによくわかりますが(笑)、教師としては鶴ばっかりに時間をかけるわけにもいかないし、「鶴のために祈る」=人間以外の生命の尊重、というところで落ち着かせたいんだろうな、ということもたやすく想像できます。きっと、「総合学習」という要素を組み合わせて読むニュースなのではないでしょうか。
 「鶴のために」小学生はみんな本気で祈るのかしら???

From:ざっきー

コメント、どうもありがとう。掲示板、まだ返信できてなくてごめんなさーい。

うーん、総合学習=理科+社会+αだとしたら、なおさら「祈る」のは気になるなあ。でも、papillonさんのコメントを呼んで、現場の先生たちの苦悩が裏には隠されているんだろうなあとも思いました。

もしpapillonさんが、鶴を大切にする心を生徒たちに植え付けたいと思ったら、どんな授業をします?

(植えつけたい、という表現は、時代遅れな教育観かな。)

From:papillon

 papillonだったら…まず、「鶴を大切にする」ことを児童に考えさせるところを最終的な目的地点とした授業はしないと思います。鶴は教材として利用するとしても(鶴さんごめんなさい 笑)、最終的な目的地点は人間の生き方とか身近な環境保全に向くのではないでしょうか。

 あと、総合学習=理科+社会+α、というのは今の「総合的な学習の時間」の現状を考えるとしかたがない図式かもしれませんが、本来目指している部分はもう少し違うところにあるような気がしています。まだまだ勉強不足なのできちんとしたことは言えませんが、よく言われるのは今までの教科の枠組みの中には納まりきらない現代社会の、子どもの生活の中に内在している問題を扱う、ということです。例えば「鶴」を題材にするのであればZさんがおっしゃっていたように、環境につなげていくこととか人間と人間以外の動物との共存、などといったところにつなげていくことまで広げていけたら面白いんじゃないかと個人的には思います。

From:ざっきー

総合学習の目的は、理科とか社会とかいう、既存の学問の区分けで扱えないことを教えようということなのですか。なるほど。

ただ、あえて否定すると、例えば「身近な環境保全」ということを例にとると、動物の生態っていうのは理科だし、川の中の汚れの度合いなんていうのも理科だし、「川や海と共に暮らす」っていうのは、おそらく従来の社会だし。
総合学習の目指すところは理解できるのですが、扱う対象について深く研究しようと思うと、やっぱり既存の学問領域のアプローチで迫ってしまうのが実情だと思いますが、そのあたりが総合学習の難しさなんでしょうね。

papillonさんの文章を読みながら、総合学習が目指すところは、医学と似ているところがあるのかもしれないと思いました。人体は物質でできていますから、物理とか化学的アプローチはもちろんできますし、それだけである程度理解可能なんだろうと思います。ただ、人の幸せっていうのが、サイエンスの言葉だけで説明できるのかといったら、そうではない。そこには、やはり哲学とか道徳とか、サイエンスとは違った次元の話が絡んでくると思います。

そして、サイエンスが絡む領域とそのほかが絡む領域とをくっきりと二分することができない。そこに医学の存在意義があるんじゃないかと。

偉そうなこと書きましたが、その辺はいかがですか>narutoさん

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