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2004年09月14日
不実な美女か 貞淑な醜女か
日本で指折りのロシア語通訳者である米原万里氏のエッセイ。
題名となっている『不実な美女』は、発言者の言葉一つ一つに忠実ではないけれども、日本語として整った訳文をさしており、一方の『貞淑な醜女』は逆に、それぞれの言葉に対して忠実に訳したために、日本語として不自然さの残る訳文のこと。同時通訳者はもちろんのこと、通訳者は一般的に時間的制約があるために、原文への忠実さと訳文が耳に与える心地よさのどちらかを犠牲にせざるおえない。とまあ、そんな通訳者の苦労やら喜びやらがかかれているエッセイ集です。
彼女の文章には、本当に無駄がなく、一つ一つの言葉が力を持っていて、さすが毎日言葉を選んで仕事をしていらっしゃるだけあるなあということを感じさせるものでした。
この本を読むまで、通訳なんて自分には全く縁のないものだと思っていました。しかし、米原さんがおっしゃるには、通訳者っていうのは科学技術にしろ、文学にしろ、歴史にしろ、通訳すると決まったものにはすべて興味を持つことが必要で、常に新しいものを吸収する努力を続けていくことが必要だと。一つのことを突き詰めるよりも、いろいろと手を広げてみることを好む自分としては、案外通訳という仕事も向いているかもと一瞬思いました。しかしながら、エピソードの一つ一つを読んでいくと、国際会議やNHKで放送される重要な記者会見などを、なみなみならぬ苦労と、当たって砕けろ精神で乗り切っていることがわかり、あーこれは自分には無理だとあきらめました。
最後に、米原さんの師匠が、彼女を叱咤激励するためにかけていたという言葉を引用しておきます。
完璧な通訳者なんて、処女の売春婦みたいな二律背反の骨頂なんだから、通訳技術の完成や準備は適当なところで手を打って、現場で学びながら成長していくという道をとるべきだね。まだダメだ、まだ不十分だといって、完璧なる通訳技術の習得に人生の大半を費やしてしまい、ヨボヨボになったころ、杖をつきながら威張って登場して、『では、通訳してつかわそう』なんて言ったって、誰も相手にしてくれないぜ。
仕事に関わらず、何においても次のステップを踏み出すには覚悟がいるものですが、上のような言葉を言われたら、あんまり考えずに『とりあえず♪やってみようか』という生き方でもいいんだと勇気付けられます。
投稿者 zackie : 2004年09月14日 02:52
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